目次
はじめに
1章 子育て支援と地域
1 本書の視点
2 地理学分野における既存研究――「福祉の地理学」の視点
3 日本における保育供給の展開
2章 保育をめぐる地理的諸相
1 ローカルな保育ニーズ――家族と働き方の地域差に注目して
2 都市問題としての「保育所待機児童」
3 大都市圏内部の待機児童と保育サービス供給の地域差
4 本書の構成
3章 都心は「子育ての場」となりうるか?①――都心大企業による企業内保育所の意義と限界
1 都心の企業内保育所への注目
2 日本における企業内保育所の概況
3 「大企業・大都市都心型」企業内保育所の利用理由
4 企業内保育所の利用実態
5 都心の企業内保育所がもつ意義と課題
4章 都心は「子育ての場」となりうるか?②――湾岸部タワーマンション居住者の「保活」
1 都心湾岸部「豊洲」の再開発と保育
2 ホワイトカラー共働き世帯の就業と保育利用
3 豊洲への入居理由と「保活」
4 都心湾岸部の保育所獲得競争と「格差」
5章 保育サービス不足地域における行政の役割――足立区小規模保育室事業を事例として
1 事業開始の背景と民間事業者の参入
2 就業形態にあわせた多様な利用実態
3 認可保育所入所の希望
4 保育サービス不足地域における行政の役割
6章 大都市圏郊外における子育てNPOの役割――「ジェンダー化された空間」の保育資源
1 郊外の諸問題と非共働き世帯への子育て支援
2 対象地域における地域子育て支援拠点事業
3 高蔵寺ニュータウンの子育て支援事業の経緯
4 子育て支援施設の利用実態
5 「都市空間のジェンダー化」の先に
7章 ローカルなニーズ、ローカルなサービス①――地方温泉観光地の長時間保育事業の取り組み
1 女性の働き方の地域差と保育ニーズ
2 日本における延長保育の概況
3 七尾市における長時間保育ニーズへの対応
4 延長保育サービスの定着プロセス
5 地域の基幹産業を背景とした保育供給
8章 ローカルなニーズ、ローカルなサービス②――工業都市川崎の地域変容と学童保育
1 工業都市川崎の地域性と学童保育
2 学童保育の歴史と概況
3 臨海部の工業地帯における先進的な導入
4 内陸部の宅地開発と学童保育の変化
5 「ローカルなニーズ」は一枚岩ではない
9章 地域に即した子育て支援に向けて
1 「子育てする場所としての都市」はいかに実現可能か
2 地方圏の子育て環境をめぐる変化と課題
あとがき
文献・初出一覧
前書きなど
はじめに
(…前略…)
本書は、このような素朴な問いを出発点におきながら、保育・子育て支援をめぐる問題の地域差を捉え、それぞれの地域の諸条件のなかでの解決のあり方を検討するための視点を提供することを目的としている。具体的には、以下のような構成をとる。
まず、1章と2章では、既存研究および既存データの整理から、日本における保育・子育て支援の発展の経緯やその問題点、様々な地域スケールで生じている需給の地域差を確認していく。1章では、福祉の地理学の既存研究を概観して本書の研究枠組を設定するとともに、戦後日本における保育・子育て支援の政策展開と供給動向を整理する。さらに、2章では、具体的なデータをもとに、ローカルな保育需要を生み出す地域の家族構造や女性の働き方の傾向を確認する。同時に、大都市圏と地方圏、大都市圏内部の都心と郊外といった地域スケールで、供給の地域差を概観する。
以上の保育・子育て支援に関する需給の地域差を踏まえたうえで、3章から8章では、それぞれの地域において生じてきた多様な保育需要の実態やそれへの対応について、具体的な事例を紹介する。
まず、3章から6章では、大都市の保育所不足を背景として行われてきた多様な主体による対応と、その可能性や課題を考えることを主な目的としている。3章と4章は、主に大都市都心部および都心近くの再開発地の事例を扱っている。大都市都心部では、民間サービスを含む多様かつ豊富な保育サービスがみられる一方で、都心回帰や再開発にともなう苛烈な競争の問題が生じている。また、5章と6章は、大都市のなかでも特に保育供給が不足している区や郊外のエリアを取り上げ、行政や地域のボランタリー・セクターの役割を明らかにする。
他方、大都市の保育所待機児童問題以外にも、地域固有の保育需要は生じうる。特に、地域経済を支える産業が多くの女性労働力を必要とする場合、女性の働き方と連動した保育需要が発生する。そうした地域の経済活動に影響されて生じた保育需要に、地域はどのように対応してきたのか。7章と8章では、温泉観光地や工業都市など、地域の基幹産業が固有の保育ニーズを生じさせてきた地域におけるサービス供給の経緯を取り上げ、ローカルな対応のあり方を考える手がかりとしたい。最後に、大都市圏の保育供給に求められる対応のあり方を議論するとともに、地方圏の現状や課題にも触れながら、保育・子育て支援の地理学の研究課題を検討する。