目次
まえがき
凡例
第1章 提訴前史——ネットワーク講座から調停申請まで(宮地光子)
1 「均等法実践ネットワーク講座」
2 相次いだ均等法の調停申請と肩すかしの結論
3 労働組合のあきれた姿勢
4 提訴までの迷い
第2章 提訴から勝利和解まで
1 住友電工性差別訴訟の経過と論点(宮地光子)
2 住友電工事件和解と男女コース別雇用管理をめぐる法的問題(林 弘子)
3 住友化学性差別訴訟(池田直樹)
◎弁護団からのメッセージ
〈住友電工事件〉吉岡良治/渡辺和恵/長岡麻寿恵/小林徹也/有村とく子/眞継寛子
〈住友化学事件〉細見 茂/野仲厚治/井上洋子/小山操子
第3章 ワーキング・ウイメンズ・ネットワークとともに(正路怜子/越堂静子)
1 始まりは「日本からの手紙」
2 裁判提訴とWWNの結成
3 WWNの活動
4 マスコミへの働きかけ
5 この一〇年の到達点
第4章 CEDAWとNGOの関係——日本の場合(ハンナ・ベアテ・ショップ—シリング)
1 はじめに
2 女性差別撤廃条約と委員会の主な特徴
3 報告過程におけるNGOの役割
4 選択議定書とNGOの役割
5 結論
第5章 原告たちの手記
1 私の人間宣言(西村かつみ)
2 ニューヨーク国連から一〇年間のあゆみ(白藤栄子)
3 「定年まで会社の礎」にならなかった私(石田絹子)
4 国家試験を受けて総合職へ(矢谷康子)
5 定年まで闘い続けて(有森洋子)
第6章 女たちの陳述書
1 星降る夜、ひとり夜道を(池井経子)
2 女には三〇歳定年制度があった(鷲 留美)
3 共同保育所をつくって(米澤清恵)
4 私が弁護士になったわけ(石田法子)
5 エリート商社マンから(高原伸夫)
6 子持ちの女は“半人前”?(立中修子)
7 公務員の世界も差別だらけ(篁 ふみ)
8 “ママさんスチュワーデス”の誕生とその後(尾崎恵子)
9 出産したら“左遷”(鈴木晴美)
10 女性教師として二七年(原野正子)
第7章 コース別雇用管理とこれからの課題——均等法改正にむけて(宮地光子)
1 コース別雇用管理の留意点と間接差別
2 男女別コース制をめぐる判決とコース転換制度の合理性
3 均等法改正とコース別雇用管理
4 間接差別禁止の論議で重要なこと
鑑定意見書
1 マーシャ・A・フリーマン
2 西谷 敏
3 山田省三
4 阿部浩己
5 エミリー・A・シュピーラー
6 林 弘子
7 樋口陽一
8 上野千鶴子
9 植野妙実子
資料編
CEDAW最終コメント(政府仮訳・抜粋)
住友電工事件大阪高裁和解調書
住友電工事件判決(抜粋)
住友化学事件判決(抜粋)
主要新聞・雑誌報道一覧
主要テレビ報道一覧
あとがき
前書きなど
まえがき
二〇〇四年一月六日、新聞各紙は、住友電工男女賃金差別訴訟の大阪高裁での和解解決を一面で報じた。「女性二人の昇格で和解」「勝訴超える和解」「一審覆した固い決意」などの見出しが目を引く大きな扱いは、一審判決以来のこの事件に対するマスコミの関心の高さを窺わせた。
この弁護団の主任であった私は、新聞報道を見ての問い合わせや原稿依頼、そして相次ぐお祝いメッセージなどに、嬉しい悲鳴をあげる一方で、この日もまた、離婚事件の依頼者の陳述書づくりに追われていた。そこには、長い間、夫の暴言・暴力を受けながら、経済的自立が困難であるがゆえに、じっと耐えてきた女性たちの人生があった。大企業で“一人前”の扱いを受けずに働き続け、やっと裁判で勝利を手にしマスコミの注目を浴びた女性たちと、離婚で全く経済的保障を失ってしまう女性たち。このいずれもが日本の女性の現実であり、そしてこの二つは、確実につながっている。
弁護士としてこの一〇年余り、この二つの女性の現実の間を、日々の仕事の中で行き来してきた。多くの人に支えられてきたからこそ、やって来られたことには違いないが、何よりも女性たちの現実が、私をここまで駆り立てたのだと思う。
しかし日本の司法の中にも厳然としてあったジェンダー・バイアスによって、原告の女性たちと同様、代理人である私自身も傷ついてきた。時には大声をあげて泣きたい無力感にも襲われながら、ここまでやってきた。
そんな中で、住友電工性差別訴訟は、無力感を乗り越え、司法への信頼をつなぎとめることのできた事件である。この事件の和解解決は、一審敗訴判決を乗り越え、控訴審で解決金の支払いや昇格を実現しただけでなく、裁判所の格調高い勧告文が、多くの女性たちを励ました。そしてこの和解解決は、同じ住友系列の住友化学性差別訴訟の控訴審にも影響を及ぼし、半年後に同訴訟でも和解解決が実現した。
勝利和解と評価できる解決となり得たことに、本当に安堵する思いであるが、この両訴訟の最大の成果は、原告やこの訴訟を支えたワーキング・ウイメンズ・ネットワークの女性たちなど、多くの女性たちが、エン・パワーされたことであろう。何ゆえ、一審完全敗訴を乗り越えて勝利和解を実現することができたのかを振り返ることは、まさにどのようにして女性たちがエン・パワーされていったのかを振り返るのと同じである。
いま、女性をとりまく差別の構造は、正社員の中の差別から、パート・契約社員・派遣などの雇用形態による差別へと、さらに複雑化し見えにくくされている。しかし差別の外形は異なっても、差別の根底にあるものは共通であり、だからこそ差別の論理を乗り越えるための論理も共通のはずである。そして差別に負けない原動力は、何よりも女性たちのエン・パワーメントのはずである。
とすれば、住友電工性差別訴訟と住友化学性差別訴訟で展開された、差別の論理を乗り越えるための論理、そして女性たちをエン・パワーしていったものを書き留めておくことは、これからの差別とのたたかいに、大きなヒントを与えるに違いない。そして住友電工性差別訴訟で提出された多くの学者の方々の意見書や女たちの陳述書も、訴訟記録の中だけに埋もれさせるのはもったいない。
そんな思いから、本書の出版を思い立った。本書の題名の「『公序良俗』に負けなかった女たち」は、私の発案である。
住友電工訴訟の第一審判決は、昭和四〇年代の男女別採用を憲法一四条の趣旨に反するとしながら、当時の性別役割分担意識と企業の効率的雇用管理を理由に「公序良俗には違反しない」とした。我が国の民法九〇条には、「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗に反スル事項ヲ目的トスル法律行為ハ無効トス」とある。
この「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗」を略称して「公序良俗」という。「公ノ秩序」とは、「国家社会の一般的公共的利益」を、「善良ノ風俗」とは、「一般的倫理・道徳」を意味する。そして住友電工訴訟一審判決の判断基準は、憲法や均等法ではなくて「公序良俗」であった。しかもその「公序良俗」の内実は、昭和四〇年代の性別役割分担意識と企業の効率的管理の必要性であった。
均等法施行後十数年を経ての判決の中で、なお昭和四〇年代の性別役割分担意識の存在に苦しめられるとは、よもや思わなかった。控訴審は、まさにこの「公序良俗」とのたたかいであった。そして高裁で「過去の社会意識を前提とする差別の残滓を容認することは社会の進歩に背を向けることになる」との和解勧告文を手にした時、私は、原告もそして彼女たちを支えた女性たちも「『公序良俗』に負けなかった」との思いをかみ締めた。
しかしまだ性別役割分担意識は社会のあちらこちらに残っている。そのうえここ数年は、バックラッシュ攻撃の中で、性別役割分担意識を呼び戻し、強めようとする動きすら強まっている。
そんな状況の中で、本著がさらに一人でも多くの「『公序良俗』に負けない女たち」を生み出し、そして励ますことができれば、望外の喜びである。(後略)